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photo,memo,etc...

今から秋の準備しないともうこの先なにも楽しみなとこがなさそうだなぁ
今のうちに、先周りしてご褒美や楽しい予定を作るとしよう

8月、涼しくて雨が降ってる

高校の時を思い出す。ていってもろくに学校なんていってないんだけど、ふと目がさめると遅めの朝で、外は車が濡れた路面を走る独特の水を跳ねる音が絶え間なく聞こえていて、薄暗いから夜だか昼だかわからなくて、あーもういいやって学校をサボる。でもそのまま寝続けるほど眠気もなくてこのまま1日終わるのもすごく死にたくなる気がして(もっと前から死にたくなってるんだけど)、夕方くらいから外に出掛ける準備して、バイト行くか1人で遊びにいくかしてた。この時一番自分が社会から外れていて何者かわからなくて、辛いんだけどなにも気力が無くてどうやったら誰にも責められずに居なくなれるかばかり考えていた気がする。バイトしてたからお金は少しあってそんなに欲しくないくせに何か買っては何かを満たしていた。友達もそんなにいなかった。これをずっと繰り返すのか、と思ったら沼みたいに抜け出せなくなるんじゃないかとどこかで思って社会に寄っていったような気がする。少しだけモラトリアムってやつをみんなより早く経験してしまったのかもしれない。
大人になったら朝ちゃんと起きて仕事で責任あることを任されて生きるのなんて怖くないのだと思ってた。だけど今になっても全然何も変わってない気がする。今でもあの頃に外の音を遮断するように効いていた曲を思い出す。あの頃よく聴いていたなって、懐かしくて聴きたくなるんだけど、聴いたら本当に戻ってしまいそうだから聴いていない。あの頃の何もないを繰り返すような気分に戻りたくないくせに。この湿気がある空気がまとわりついてくる。

夏のどこかで急に肌寒くなる瞬間がある。店の冷房の涼しさが嬉しくなかった、ふと立ち寄った服屋が秋物を並べていてもう夏も終わりが近づいている気がした。いつも暑いから気が付かないけどもう8月も半ばである。
服を見ていて、落ち着いた色合いを見ていると少し気分が下がる。悪い方向ではなく、もう夏の浮かれた雰囲気はおしまいですよ、と言われている気がする。また何枚も服を着重ねる時期になるのか、面倒くさいな。いつも秋と冬は着たい服がない。上に何か羽織るものを出しておかないと。

最近、些細な変化に気を付けないとならないような年齢になった気がする。別にそれらは理由ではないけど、理由っぽくなれば少し安心する。

初めて救急車で運ばれた
普通に昼間に出掛けて、ちょっと遅めの昼ご飯を食べて、このあとどうするー?なんて話して買うもの思いついたついでに最近疲れてたしマッサージの予約して電車移動して買い物が終わったらマッサージに行った。

ここまで普通だった。マッサージが終わってあー気がついたら寝てしまったなぁなんて思いながら最後ストレッチをしていた時に急に頭が重くなって体温が熱いんだか寒いんだかわからなくなった、店員さんに「すいません…気持ち悪いです…」っていって水を持ってきてもらった時には座ってられなくて、胃が込み上げてきて「すいません、吐きます、なにか…」と言ったら店員さんが桶的なもの持ってきてくれて吐いてしまった。その後、腹痛がきてとにかく気持ちが悪いし痛いのでトイレに向かわせてください、とトイレにいたけどそこでも全く良くならず、変な汗ダラダラかいて体温が冷えていくような感覚の中店に戻り、このまま店にいては良くないと思って「よくなりませんでした…すいません救急車呼んでもらえますか」ということでそのまま救急車に乗って救命に行った。

ここまで意外と鮮明に覚えてるけどここから先はよく覚えていなくて、気が付いたら救急処置室で、点滴されていた。検査の結果なにもなかったけど急激に血圧変化があって自律神経のバランスが崩れてしまったのではないかということだった。2時間くらい経ったと思ったけど処置が終わって時計みたら5時間経っていたのだった。何事もなくて良かったのだけど、とにかく怒涛の1日だった。色々な人に心配とご迷惑をおかけした、私が5時間も倒れている間、旦那さんが色々と連絡してくれて大事にはならなかった。本当に助かった。

結局なんだったんだろうね?っていう結果だったのだけど、胃腸炎のような症状もあるしとにかく安静に、ということで養生していた。なんだったんだろうか、ストレスなのかもしれないし疲労が積もり積もったのかもしれない。夏は特に体調を崩しやすいので、気を付けようと改めて思い知った出来事でした。

そういえば、写メって言われていたくらいの時代、鮮明ではなくてもみんなガラケーで写真を撮ることはできた気がする。でも今ほど必死に写真撮ってなかったよなぁ、やっぱり写真をシェアして自ら発信(なのかな)できるようになったのが一番の要因なのか。その昔のインターネットは環境がある人しか使えなかった、多分私もその1人で今の世の中はその延長線にあるので、大きく何かを歪ませることはなかった。

便利になってよいことだけど、発信者になれてしまった人は今発信できるようになって幸せなのだろうか。
最近、外的要因でなれてしまったことをよく考える。

結婚した

と昨今言うと、様々な距離感の人から機械な仕組みを通していいね的なラベルを貼られたりする、それを素直に受け取れないので特に不特定多数に目に入りそうなSNSでは言わなかった。会えそうな人、近しい人には言葉で言った。たくさん祝福をされた、ありがとうございます。

結婚についてこだわりが無かった。というこだわりがあったように今は思える。
理由は何個もあって、大きくは両親が離婚していた。結婚イコール永遠や絶対ではないと子供の頃に思った。幸せっていうやつは形式でもないのだとそこで初めて感じた。それからは私たち子供のために一生懸命働く母親を見ていたので女性は優しく穏やかに家に居るものだけではないのだと思った。母親からは逞しさを教わった。同性だからか、歳をとるごとに尊敬する。

昨今、形にとらわれない多様性が認められやすくなったし、声高に主張することが多い世の中に思える。自分はそういったもので特別困ったことはないのだけど、肌で何かを感じていて、先の理由も相まって結婚とかどうでもよかった。しかし裏を返せば、それらを理由に考えたり感じたりすることを先延ばしにしているように思えたし、したくないわけでもないということで、しない理由もなかった。

要するに、言い訳にしたくなかったのだと思う。多分人生の中で何度もないことを言い訳や免罪符に使うようなことにしたくなかった。元に戻れないのだから、そういう後悔をしたいわけではなかった。だからそう思える自分とそう思ってくれている(のかなーわかんないけど)人と普通に結婚しました。

いろんな問題を突きつけられる

なんか最近ネットで思うことがあってその一つに、自分が関わる事がない、もしくは無意識に理解していないだろう問題が可視化されて、「いいですか?関係ないという意識でいては駄目なのです。」と突きつけられるような事が増えるように思えた。

確かにいろんな問題があって、当事者や関係者は意識してほしいかもしれないけど、微妙に関係ないでいるとただ単純に考慮のチェックリストが増えるだけで、何故かほんの少しだけ罪悪感があるようだった。